−とある一室。議員とその部下の会話−

「以上で報告は終りか?」
「…はい」
「で、サキという女は今もこの、えーと、なんとかいう男の…」
「ヴラドです」
「何?」
「ヴラド氏です。
サキの拷問を担当したのはVlad Lymanという名前の元刑吏です」
「いやまあ、それは別に何でも良いんだが…。
えーと、何だっけ、サキはいまもそのブラトの…」
「ヴラドです」
「…。ああ、そのヴラドとやらの拷問を毎日受け続けていてだな、
こいつ自身は不死身になったものの、彼女が死んだり他の奴が
不死身になることは結局なさそうだと、こういうことか?」
「…申し訳ありませんが、その通りです」
「そうか。で、だな…」
「…はい」
「このヴラドの拷問というのはかなり酷いものだというのは確かかね?」
「…はい。他人を不条理に苦しめる、という点では、
世界でも屈指の人物かと思われます」
「まあ、拷問に対して造詣が深く、
彼との付き合いも長い君がそう言うならそうなんだろうな。
で、その彼をもってしても彼女を殺すことは出来ない、
ひいては人類が不死身になることはないと。
ということはもう彼女を殺すことは不可能かな?
例えば君をもってしても?」
「…」
「ん?どうした?私は君に質問しているんだがな」
「…遺憾ながら、今回の計画に、彼以上の人材を期待するのは
非常に難しいかと思われます。今までの経緯、状況等を考慮し…」
「ああ、わかった、要は『不可能』ということだな。
安心しろ、別に君に彼の代わりをしてもらおうとは思っていないよ」
「そうですか…」
「他に報告はないかね?無ければ引き上げてくれて結構だ」

「…」
「どうした?他に何かあるのか?」
「…一つお尋ねしても宜しいでしょうか?」
「ん?ああ、まあ短くて済むならな。なんだ?」
「今回の計画ですが、サキという女性に自身を愛させ、
全人類を不死身とし、その期の混乱を狙って『最高議会』が
世界の実権を掌握することを目的として、
ヴラド氏に拷問を依頼したんですよね?」
「なんだ、そんなことか。ああ、その通りだがそれがどうかしたか?」
「いえ、その、結局サキは死ぬ事も無く、ヴラド氏以外の人間を
嫌うことも無く、計画は失敗に終わったのですが…
私を含め関係者に処罰も何も無く…」
「なんだ?計画遂行の失敗を理由に罰でも欲しいのか?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが…。
ただ、卿を含め、最高議会の方々が皆あまりそのことを
気にかけていないように見えると言いますか、その…」
「ああ、わかった。計画が潰れたにも関わらず我々議員が
今回の結果に満足しているように見えるのが気になったんだな?」
「はっきり言わせていただきますと、その通りです」
「まあ、確かにそう感じるかもな…。
そうだな…お前はパッシェン公に会ったことはあるか?」
「パッシェン公にですか?いえ、直接お目にかかったことはありません。
ただ、耳にした話では非常に温和な方で、こういっては何ですが…
最高議会のメンバーの中でもかなり特異な位置付けの方であったとの
話は耳にしたことがあります」
「そうだな。確かに公はあの中では異彩を放っていた。
権謀術数が飛び交い、お互いに派閥争いや足の引っ張り合いの耐えない
最高議会の中で、公だけは孤高としていて誠実を保っていた。
いや、というよりも誠実であるが故に他の議員から尊重され、
最高議会の一員でい続けていた、と言う表現が正しいな。
彼がいたからこそ呉越同舟の最高議会がまとまっていた、
といっても決して過言ではないな」
「…はあ」
「それだけに、彼が亡くなった直後の議会の状態は酷かった。
リーダーを失った猿の群れとはまさにああいう状態を指すのだろうな。
それでも結局議会は分裂する事無く、
こうしてまだその機能を果たしている。それは何故だと思うね?」
「…いえ、私には想像つきませんが」
「まあ、パッシェン公に会ったことが無い人間にはそうだろうな。
結局人間とは、自分と同調意識が持てる相手とは
上手くやっていけるものなのだよ」

「それは最初パッシェン公を失ったことに対する喪失感だった。
議員は全員彼の死を悼み、議会の結束を強く望んだ公の意を
無駄にすることが無いよう、一致団結して頑張った」
「…はあ。それは良いことだとは思いますが、それとこの件との関係は…」
「まだ話は途中だよ、君。
こうして公亡き後も一致団結してまとまっていた議会だが、
しばらく前に一人の議員が気になる噂を耳にした」
「なんです?」
「それは『実はパッシェン公は誰かに殺された』というものだ。」
「!」
「その時まで公の死因は結局我々も知らされていなかった。
だが、てっきり事故や病気によるものと思っていた我々にとって
それは大きな衝撃だった。
その報告を受けた議会では、早急に真相を究明するよう
特別委員会を設けた。たまたま公の居住区域に近く、
最も親交の深かった私がその委員長となり、
そして彼の『娘』と呼ばれているサキの存在、
そして彼の『死因』について調べ上げた。
…ここからは君も良く知っていることだろう。
彼女のその特異な性質に目をつけた我々議会のメンバーは、
彼女を有効活用し、世界の実権を掌握すべく、今回の計画を立案した。
まあ結局のところ結果は君の報告にあった通りなんだが」
「…そのような経緯があることは初めて知りました。」
「それはそうだろう。特定の人間がいないと纏り一つにしない議会、
特異な性質を持つ少女、またそれを利用した計画、
どれ一つとってしても、おいそれと議員以外の人間に話せることではない」
「それで、今回の計画の立案に至る経緯は大体つかめましたが、
それで結局今まで話していただいた内容と私の質問との関連性が
いまいち掴みきれないのですが…」
「わからないかね?今回の計画の表向きの理由は貴君も承知の通り
『全人類不死身という混乱に乗じた世界の掌握』ということだが、
実は議員の間でだけ、誰も口にすることは無いが、隠れた裏の目的があり、
これこそが今回の真の目的だったのだ。
そしてその目的は見事に遂行された。君たち議員でない人間にしてみれば
今回の計画は失敗だったのかもしれないが、
議員の間で暗黙の了解となっていた真の目的があり、
それは見事果たされたのだ。
今回の結果は実に望ましいものであり目的は見事果たされた。
その目的に比べれば、『世界の掌握』などというものは
ちっぽけな自己満足にすぎないのだよ」
「…申し訳ありませんが、私にはさっぱり理解できません…!
その、世界制服よりも遥かに重要だという、議員の方々の間でのみ
通じていた真の目的とは一体何だったのですか?」
「…」
「…」

「…復讐だよ、パッシェン公の」
「っ!」
「公を殺した女を未来永劫に渡って苦しめること。
単純に殺すだけではつまらない。
そう、彼女は自分の性質を良く知っていたのであれば、
自分の身近に公がいることによって公が死に至るということも
良く理解していたはずなのだ!それにも関わらず公の側を離れず、
結果として彼を死に至らしめたのは、ただ単に彼女が『公の死』よりも
自身の寂しさを紛らわすことを優先した結果に他ならない。
にも関わらず彼女は公の死を悲しんでいるだと?
そんなのは単に自己憐憫にすぎん!
彼女にはしかるべき報いを食らわすべきだ!そして彼女に与えられる苦痛は、
単調なものであってはならない。
君が今回紹介してくれた、ウラト君…だったかな?
彼はまさにそれにうってつけの人物だったよ」
「そんな…それやったらヴラドはその…サキを苦しめ続けるための
当て馬やったというわけか?」
「…私の前ではその妙な訛りは決して使うなといっておいたはずだが…
まあ良い。そうだ、君の言う通りだ。彼はただの当て馬だ。
だがそれがどうした?何も問題はあるまい?
それとも何か?君は彼に対して特別な感情でも抱いていたのかね?」
「なっ…。そ、それやったら何もヴラドでなくても
良かったじゃないですか!」
「…君ともあろうものが何を言っている。
『他人を苦しめるのに最も適した人物』として彼を紹介してくれたのは
他ならぬ君だったではないか?」
「そ、それは…その通りですが…。こんな…」
「もういい、この件については以上だ」
「くっ…!」
「ああ、そう言えば君に連絡しなければならないことがあったんだ。
別に今日でなくとも良かったんだが、裏の事情を知ってしまった君には
ついでに今のうちに言っておいた方が良いだろう」

先日の議会で新たにもう一つ提案が出されてな…。
議員を除く、この計画に携わった人間を皆抹殺することになった」
「なっ!」
「この計画に携わった人間は皆優秀な者ばかりで、
私としても非常に心苦しいんだがね。
まあ、考えてみれば当然だろう?議会全員で可決された大規模な計画が、
議員内では満足しているにしろ、外から見れば完全に失敗したも同然だ。
現に君も今こうして疑問を私に対して投げかけてきた。
これでは議会の面目丸つぶれだ。ひいては議会統一に粉骨砕身してくれた
パッシェン公の顔をつぶすことにもなる。
この決定もまた、議員全員一致で可決されたことだ。
『全員一致で可決』なんてことは、公が加わる以前の議会では
到底考えられなかったことだがな…」
「ひっ…!」
「ああ、何をそんなにおびえている?
彼らがずっとこの部屋にいたのに気付かなかったかね?
紹介しよう、『最高議会』直属の精鋭暗殺部隊の面々だ。
議員以外で彼らに会ったことがあるのは今現在、地球上で君だけだよ」
「ああ…あ…」
「ああ、その通り。彼らに会った者は今はもう全員墓の下だから
『地球上』とは言えない。君もすぐにそうなるんだがね」
「ぐっ…!」
「安心してくれたまえ、
今回の件をもって、議会の結束はより一層高まった。
天国にいるパッシェン公も安心して見守ってくれていることだろう」
「がは…」
「ということで、君がもしあの世で公に会ったら宜しく
伝えておいてくれないかね。我々は皆、公に感謝していると」
「…」
「…もう聞こえないかもしれないが、君の身体はこれから、
君のお得意様でもある議員のお歴々の間で有効活用されるそうだよ。
これもまた我々議会の潤滑に大いに貢献することだろう。
それではさようなら、エレナ=バルマー君」

−暗転−




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