妖精哀話



 子供のころに小さな生き物を飼ったことがあるだろうか?
 その生き物が傷つき、弱り、死に行こうとしている様を見守っているときの心境はどんなものだっただろう?
 愛情を注いできたのにどうして、というやりきれない気持ち。
 自分に落ち度があったのではないか、と自らを責める気持ち。
 どうにかしようという心持ちだけは前向きなのに、どうして良いか分からずにただ空しく空回りするだけの気持ち。
 その生き物の死によって、少年は何を得、どれだけの心の成長をすることができるのだろうか。







 イーストケープバタフライハチドリは、南インド洋上の孤島、イーストケープ島が発見されると同時にその存在が明らかになった新種の生物である。
 体長は平均約6cm、体毛はほとんど無く、背中から生えた半透明の薄い4枚の羽根(皮膚が変化したものと思われる)以外は人間の女性そっくりの姿をしているというのが特徴だ。

 花の蜜を吸う姿が蝶に似ており、飛行する際に発する羽音がハチドリのそれに似ていることから付けられた名だが、実際には胎生であることなどから鳥類ではなく哺乳類に分類される。
 ただ、外界から隔絶された環境で独自の進化を遂げたためか、従来の分類に当てはまらない部分が多く、動物学者達の頭を悩ませていた。

 この生物が日本に持ち込まれた当初は、観賞用として高い人気を誇っていたが、数年もすると捨てられたり逃げたりして野生化するものが増えるようになってきた。

 誰が言い出したのか、長い名前を嫌って人々はこの生物を「妖精」と呼ぶようになっていた。確かに、川岸の土手に集い、花の蜜を吸うその姿は、西洋のおとぎ話に登場する妖精そのものであった。
 妖精達は、小型の動物にしては異例なほどの高い繁殖力と長い寿命、そして一説によると人間並みとも言われる高い知能を生かして、日本中に繁殖する。かつてのアメリカザリガニやブラックバスを彷彿とさせるような、あっという間の出来事だった。





「よっしゃあ! 本日1匹目ゲットぉ!」

 右手にじたばたともがく捕まえたばかりの妖精を手にしながら、少年は左手で小さくガッツポーズを作った。

「ちょっとお! やめてよ! 離して、離してってば! こ、このぉっ!」

 捕らえられた妖精は、少年がうかがい知ることの出来ない言語で何やら甲高くわめきながら、手足と羽根をばたつかせる。その様子を見下ろしながら、少年は満足げな笑みを浮かべた。

「うっわあ、最悪ッ! こんなガキに捕まるなんて……」

「さーて、どうしよっかなぁ〜♪」

 妖精は目の前に顔を近づける少年に対して嫌悪の台詞を吐く。だが、学者達ですら解明出来ていない妖精達の言葉をこの少年が知っているはずもない。キーキーという少年にとって意味をなさない叫びを上げる妖精のことなど全く気遣う様子もなく、少年は捕らえた獲物を如何に扱うかという思索にふけり始めた。

「ねぇ、もう捕まえたんだから満足でしょ? そんなの早く逃がして塾に行こうよ〜」

 少し離れた場所から少年の連れと思しき少女が声をかけた。そわそわと落ち着かない様子なのは、時間を気にしていると同時に、女性の裸身に酷似した妖精の身体を目の当たりにして、気恥ずかしさがあるせいだろう。

「うるせーな、せっかくゲットしたんから、ちょっとぐらいは遊ばねーと気が済まないだろ!」
「くっ……!」

 怒鳴った少年の手に力が込められる。脆弱な胸と腹を締め付けられて妖精は一声苦しげに呻いた。

「うーーーん……」
「ひっ……こ、怖い……」

 笑顔を崩さないまま、少年は再び思索にふける。残虐な光をたたえた目線に貫かれ、妖精は身をこわばらせた。

「うーーーーん……」
「コイツまさか……私を殺す気……?」

 人間に捕まった者達がどういう目に遭うかということは、仲間から聞かされて多少の知識はあった。しかしそのほとんどが、昆虫同様に虫籠に入れられて飼われるとか言った程度の話で、運悪く惨殺された仲間の話はほとんど聞かなかった。

「うーーーーーん……」

 妖精の身体に糸を結びつけてぶんぶんと振り回し、遠心力で引きちぎる。尻からストローで空気を入れて身体を破裂させる。爆竹を結びつけ、火を付けて逃がし、空中で爆発させる。どれも今まで何度もやってきたことで、少年にとっては面白みに欠けた惨殺方法だ。

「もう、そんなに悩むぐらいなら最初から捕まえなきゃいいでしょ!」
「うるさいってば! 人が真剣に考えてんだから……ん? お、おぉ……?」
「何か思いついたの?」

 正直どうでもいいといった風に少女が合いの手を入れた。その声すら耳に入らないのか、少年は視線を一点に集中させたまま自らのアイデアに満面の笑みをこぼしていた。

「なあノッチ、あの草知ってるか?」


 少年が指さす先には、タンポポよろしく地面にロゼット状に葉を広げる草が十数本群生していた。トウカイモウセンゴケ。東海から関西にかけて自生する食虫植物だ。放射状に伸びた赤く毒々しいスプーン型の葉。その肉厚の葉からは捕らえた獲物を逃がさないための粘液を分泌する繊毛が生えており、獲物が現れるのを今か今かと待ち受けている。

「……さあ? 知らない……」


 さして興味なさげにしながらも、一応律儀に植物を観察して返事をする少女。

「じゃあ見てろって。スゲー事になるからさ!」

 言いつつ少年は妖精の身体をわしづかみにしたまま、食虫植物の側へと駆け寄る。そして、妖精が逃げないようにしっかりと指でつまんだまま、その身体をモウセンゴケの触腕に押しつけるべく近づけた。

「いやあああぁぁっ! いやだあっ! 何でそんなこと思いつくのよぉっ! コイツらに食われたりしたら……」

 食虫植物に捕らえられた仲間の末路はどういったものか、ということは彼女も聞き及んでいた。それだけに必死の形相で逃れようともがきながら羽根をばたつかせている。しかし、好奇心に瞳を輝かせる少年はその指に込める力を緩めようとしない。そして――

 べちょおぉぉっ!

「ひいぃいぃぃっ!」

 無惨にも半透明の羽根がモウセンゴケの葉に押しつけられた。突然強い圧力で獲物が押しつけられたことに驚いたのか、モウセンゴケは一度びくりと葉を痙攣させたが、すぐに獲物を認識し、捕らえる行動に入った。

「う、うわあぁぁっ! 何よぉ、何よこれぇっ! ベトベトして……動け……な……」

 粘度の高い粘液と羽根をはじめとする身体の各所を絡め取られて、妖精はパニックに陥り暴れ回る。しかし、粘液との界面から発生する強力な表面張力は、獲物の身体を捕らえて簡単に離そうとしない。

 ぬじゅっ……ずる、ずる、ずるっ……

「ひっ……あ、ああぁーーっ!?」

 モウセンゴケは獲物を挟み込むように葉肉を畳み、繊毛を押しつける。獲物を捕らえる目的の粘液をへばりつかせた繊毛が、妖精の華奢な胴を、くびれた柔らかい脇腹を、平らな胸の中心を、薄い恥毛で覆われた股間を次々と撫で、おぞましい感触を与えてゆく。
 生暖かい葉肉に挟まれた状態で、全身の皮膚を粘液と柔毛にマッサージされる感触。かつて味わったことのない刺激と快楽に、妖精は思わず声を発した。

 ぴちゅるっ……ずるっ、ずぬるるる……

「あぁっ、そんなぁ……ぁ、くぅっ! そんな……トコぉ……感じてる場合なんかじゃないのにぃっ……」

 やがて触腕の動きが複雑化し始めた。触手状に長く伸びた繊毛が妖精の身体をずるずると這い、申し訳程度にふくらんだ乳房の頂点を目指す。乳輪に沿って円を描くようにちろちろとなめ回し、充血して堅く勃起した乳首を優しく撫でさすり、転がす。
 別の一群は粘液にまみれて使い物にならなくなった羽根を避け、背中を這いのぼってうなじをくすぐり、耳の穴に進入してくる。また別の一群は、柔らかくぷりっと発育した尻の肉を揉みながら股間に潜り込み、ずるずるとスマタの要領で擦って、小さな筋状の割れ目の脇に小さく鎮座する肉芽を磨き上げるように愛撫する。

「あーっ!? あっ、あくぅんっ! い、ひぃっ! なんで……!? こんな、でも……くふぅぅっ!」

 的確に自らの弱点を突いてくるモウセンゴケに、妖精は困惑の表情をしながら半強制的に鼻にかかった嬌声を上げさせられてしまう。
 暴れる獲物が力ずくで脱出するのを避けるため、モウセンゴケは獲物が抵抗するための体力気力ともに奪うようなポイントを的確に察知して攻撃しているのだ。

 食虫植物の思惑通り、妖精は快楽に流されようとする意識をかろうじて保ちながらも、全身の筋肉は徐々に弛緩して、もはや自力での脱出は不可能といえる段階に達していた。
 抵抗を弱めた獲物に、自らの勝利を確信したモウセンゴケは、満を持して新たな触毛を走らせる。粘液にまみれて、その赤い身体をテカテカと光らせる2本の触手は、いまだに肉芽を愛撫する触手の脇をすり抜け、妖精の股間の2つの穴にその先端を潜り込ませた。

 ずぬぶぅぅっ!

「うあああぁぁっ! あーっ! あっ! いああぁっ! 中にぃっ、中に、ひぃっ! お尻ぃっ!!」

 葉肉のベッドに身を預けて、触手たちの愛撫に夢見心地で身体をとろけさせていた妖精は、突然下半身から走った電撃のような痛みに半狂乱になって喉奥から意味不明な叫びを走らせる。

 どぷっ! づびゅぅっ! どぷるるっ! どくどくどくどく…… 

 妖精の身体に差し入れられている触手が、先端部に空いた無数の穴から消化液を噴き出し、ほとばしらせた。消化液はたちまちのうちに膣内と直腸の粘膜から妖精の体内に吸収され、化学反応を起こして周囲の筋肉を麻痺させてゆく。
 このためか、妖精の身体を貫いていた裂けるような痛みは徐々に和らぎ、快楽へと変質していった。

 ずぷっ、ぬずっ、ぐぽっ、ずぽっ、ずぷっ、ぬずっ……

「はぁっ、あっ、あぅっ、くああぁんっ! い、あぁっ! あぁぁっ!」

 妖精は周囲に水音を響かせながら双穴をえぐられる快楽に身を任せて、折り畳まれたモウセンゴケの葉の中で妖しく腰をくねらせる。その動きはもはや敵の手から逃れようとする動きではなく、より多くの快楽を得ようと自らの身体を触手に擦りつけるような動きだ。表情からは捕食されるという恐怖が消え失せ、濁った瞳で快楽をむさぼる一匹の牝と化していた。

「うっわ、エグぅ! おーい、ノッチ! 来てみろよ、スゲーよこれ! 絶対見る価値あるって!」

 妖精がモウセンゴケに捕食されようとしている様子を興味津々で眺めていた少年は、遠巻きにその様子を眺めていた少女に声をかける。

「いいよぉ〜。そんな気持ち悪いの見たくないってばぁ」

 言いながらも興味を引かれたのか、少女は少年の側に歩み寄ってきて、少年の肩の陰に隠れるようにおそるおそる惨状をのぞき込む。

「ホラホラ見て……うわ、スッゲー! へええ、こんな風になってるのかあ。なあ、ノッチのもやっぱこんな風になってんの?」
「えっ……?」
「ここんトコ。なあ、スゲーだろ。ほとんどめくれ上がりそうなぐらいで……」
「あ、あたしのはこんなんじゃないよぉっ!」
「えー、じゃあどうなってんの? 見せてくれよぉ」
「……知らないっ!!」

 少年はニヤニヤ笑いながらセクハラ発言して少女の反応を楽しげに眺める。怒った少女は顔赤らめてその場から去るべく走り出してしまった。

「あ、おい、待てって……あー」

 少年はしばし少女の去っていった先を眺めていたが、気を取り直したように妖精の方へと向き直る。そこでは獲物の消化がさらに進んでいて、新たな段階へと入っていた。


「はぁ……はぁ……はぁぁ……あっ、くぅぅんっ!」

びゅくるっ! ぶびゅるるるぅっ!

 弱々しく息を吐いていた妖精が苦しげに呻いたかと思うと、その両乳首とヘソから薄黄色の液体が噴き出した。体内に突き入れられた触手が発する消化液によって、妖精の身体は内から消化され、溶解したタンパク質が噴き出してきているのだ。よく見ると全身の毛穴や鼻からも同じ液体がじわじわと流れ出している。
 飛び散った液体には触手が群がり、自らの栄養とすべくずるずると音を立てながら啜り取ってゆく。

 全身の組織を溶かされ、敏感な媚粘膜を通過して体組織が流れ出してゆく感覚。麻痺毒に冒された妖精の神経は、それを激痛としてではなく、甘美な快楽として脳に伝える。そして彼女が快楽に任せて身体を揺するたびに、びゅっ、びゅっ、と両の乳首から組織液が噴き出すのだ。肉体が快楽そのものへ転化されてゆく過程の、快楽連鎖地獄だ。

 ずるっ、じぬるるるうっ……ぴちょっ! ……っちゅうぅぅぅっ!

「あうあぅぁ……くっ……はあああぁぁぁ〜っ!」

 飛び散った組織液に群がっていた触手たちが、今度は妖精の乳首に直接まとわりつき始めた。妖精の体内からしみ出す体組織を直接吸おうと、乳首に、ヘソに覆い被さり吸引し始める。妖精は自らの身体そのものが高速で吸い出されゆく悦びに打ち震えた。

 ずぶっ、ずちゅるるるぅ……ぶつんっ!

「はぁぁ……あぁ……あくぅんっ! くぅ……え……えっ!?」

 歓喜に歪んでいたその顔が再び恐怖に引きつりだした。下半身に感じていた2本の触手がいつの間にか一纏まりになっていたのだ。麻痺毒のため痛みは感じないが、それはすなわち膣と直腸の間の薄膜が消化されて、一つの巨大な穴になってしまったということを意味していた。

「い、いやああああぁぁっ!……このまま消化されるなんていやあぁっ! お願いよぉっ! 飼われても何でもいいから、助けてえぇぇっ!!」

 生命の危険を改めて認識させられ、妖精は半狂乱になって目の前の少年に助けを求める。

「おー、スッゲー必死になってる必死になってる。何か言ってんだろうなぁ、何言ってんだろうなぁ、コイツ……」

 助けを訴える必死の叫びも、すぐ前で妖精のもがく様を興味深げに眺める少年には届かない。いや、たとえ言葉が通じたとしても残虐行為に走り始めた少年を止めることは出来なかっただろうが。

 ごぼ……ごぽごぽっ……ずぷぅっ! ずるずるずるっ……

「ひっ……何、何か……お腹の……なか、上って……」

 触手の群れは妖精の腸壁をぶち破り、体組織を溶かし、内臓をかき回しながら、その体内を上へ上へと這い上ってゆく。股間から漏れだした血液は触手を伝い、組織液同様に葉肉の表面から吸収されてゆく。

「うっ、くっ、苦し……く、はぁっ……かぁっ、
かあぁぁっ……ごぼおぉぉっ!!」

 肺を圧迫し、妖精を呼吸困難に陥らせながら、一本の触手がついに喉から口腔内に達する。まず最初に綺麗に押し出された宿便が固まりとなって噴き出し、後を追うように触手が勢いよく飛び出してきた。

 ごぼっ、ぐちゅっ、ぎちゅっ、ずっちゅぅっ!

「おぉぉぉっ! おごぉっ! ごぼっ、ごぼっ、ごぽおぉぉっ!」

 喉を内側からピストンされ、妖精は半分白目を剥きながら苦悶と悦楽が半々に混ざり合った表情を見せた。鼻と口からは断続的に、モウセンゴケの消化液と、溶かされた体組織と、あるいはそれらと糞便の混合物を噴き出し続けている。周囲にはたちまちのうちに悪臭が立ちこめ始めた。

「うお、臭っせぇ! えげつなー!」

 自らが作り出した惨状のあまりのグロテスクさに、少年は苦笑しながら目を背けてその場から一歩後ずさった。そのとき――

 ピピピピピ……

 少年のポケットからけたたましい電子音が鳴り響いた。慣れた手つきで携帯電話を取り出すと、妖精から目を背けたまま話し始める。

「あ、ノッチ? うん、ごめんごめん。すぐ行くから駅で待ってて……大丈夫って、間に合う間に合う。うん……うん……わかった。んじゃ……」

 少年は携帯の電源を切ると、妖精のことなど全く興味の対象外になってしまったかのように、一目散にその場から走り去っていった。

「んーーっ! むうぅうぅっ!! ごぼごぼぉっ! んぽぉぉおっ!!」

 触手たちは妖精の身体をズタズタに破壊し蹂躙する。消化液が傷口を溶かし広げ、その傷口から麻痺毒と消化液を流し込み、内臓までも犯し抜いて、快楽の波を送り込んでゆく。
 触手に支配された口の端から、血が噴き出さんばかりに充血した乳首から、差し込まれた触手のために膨れあがった下腹に鎮座するヘソから、体液を噴き出しながら、妖精はかすんでゆく視界の隅で少年が去っていく様子を見つめていた。








 結論――この場合は成長もへったくれもあったもんじゃねえ。



おしまい