魔界。
はるか昔、争いに敗れ天界を追い出されたかつての神々が作り、下はスライムから上は魔王達まで数々の魑魅魍魎が巣くう世界である。
その魔界の一角、サキュバスと呼ばれる魔物の住むエリアでのできごとである。
ギィィィ・・・・・・ガシャン・・・
コツ・・・コツ・・・コツ・・・コツ・・・
入り口の扉が開き、誰かが近づいてくる。
この暗い部屋の奥、両腕を鎖で壁に繋がれぐったりとうなだれた状態で、小川真人は自分の身に起こった出来事を考え続けていた。
昨日までは何の変わりもない生活だったはずだ。大学から帰り、パソコンで課題を片づけ、しばらくインターネットをしたあと、いつものように寝床についた。
いつもと違っていたのはそこから先だ。普段見ないような淫らな夢を見た。誰が出てきてどんな内容だったかはさっぱり思い出せない。そんな夢の最中に、何かがのしかかってくるような感覚で目を覚ました。
目を覚ますと、見たことのない女性が全裸で自分に覆い被さっている。大きくて張りのある乳房、腰からヒップにかけての美しいライン。どれをとっても男を魅了するのに十分な容姿であったが、その女性には非常識なことに大きな翼が生えていた。
そしてその女は、目を覚ました時点でガチガチに勃起していた真人のペニスをくわえ込むと、丁寧にしゃぶり上げてゆく。抵抗しようとした真人だったが体が動かない。とても人間技とは思えない舌の動きに、あっという間に真人は射精してしまった。
それでもなお、その女は真人から離れようとしなかった。
そこから先は記憶が曖昧になっている。しかしこのとき、ものすごい苦痛を味わったような記憶が真人の心理の奥には刻み込まれていた。
そして気がつくと、どこかも分からない暗い部屋の奥に捕らわれていたのだ。
体は酷く衰弱して弱々しいうめき声を上げるのがやっとの状態だった。
「やっほー♪生きてるぅー?」
真人の目の前まで近づいてきた人物が脳天気な調子で声をかける。現れたのは昨晩真人をさんざん苦しめた謎の女性ではない。昨日の女性よりはもっと背が低く胸も小さかった。しかし、目の前の女性にも昨日の女性同様背中に翼が生えている。
「ひいぃぃっ!や、やめろ!来るなぁ!!」
その姿に危険を感じ取ったのか、真人は鎖をがしゃがしゃ言わせながら必死で逃れようと抵抗した。
「大丈夫よぉ。いきなり喰ったりしないから。あたし、サキュバスのルミラ。よろしくね。・・・しかしまあ、さすがお姉ちゃんだわ、毎度毎度いい男に目を付けるわねぇ・・・」
「さ、サキュバス・・・?」
ルミラは満面笑みをたたえたまま真人ににじり寄ってくる。
「昨日はお姉ちゃんにどんな目に遭わされたのかしら?今日は私の番よ。」
ルミラはそう宣告すると真人の上に覆い被さるように飛びついてくる。そしてそのまま強引に唇を重ねてきた。
「んんーー!、うむむっ・・・んー!」
口を塞がれた状態で真人は必死に抵抗する。ルミラの舌は強引に真人の口内に侵入すると彼女の唾液を送り込んでくる。間もなく真人の意識は混濁し、意思と関係なく股間のペニスが勃起してきた。
「んんっ、んふぅー・・・」
ルミラは鼻にかかった甘い声を上げながら唇を離さない。空いた手で真人の乳首をくすぐり愛撫する。
「ん・・・ぶはぁっ!」
ルミラがようやく唇を離す。衰弱しているはずの真人だったが、ペニスだけがその生命を主張するようにギンギンにそそり立っていた。
「うぅ・・・もう、やめてくれぇ・・・助けて・・・」
「やぁん、嘘ばっかり♪こんなにガチガチにしちゃって。・・・ふふふ、あなたの体が望んでるとおり、入れさせてあ・げ・る♪」
ず、ずずっ・・・ずぶずぶずぶ・・・
ルミラはにこにこしながら真人のペニスの上に腰を下ろしてゆく。動けない真人には、涙目になりながらその様子を見つめるしかなかった。
「あ、ああーーーっ!!」
「あぁーーんっ、いいっ、いいわぁーー!気持ちいいぃーー!」
ずぶずぶずぶ・・・・・・ずりゅっ、じゅるじゅるじゅる・・・
真人のペニスは根本までルミラの秘所に飲み込まれてしまった。その状態から両者とも全く腰を動かしてない。にもかかわらず、真人はペニスを搾り上げられ引きちぎられるような強烈な感覚を味わっていた。
「あ、あぎゃぁぁーー、す、吸われ・・・」
ルミラの膣の中のひだひだはそれ自身が意志を持っているように真人のペニスに絡みつき、強く締め付けながら上下運動をくり返すことによって真人に快感を送り込み続けていたのである。
「あ、あうぅ・・・苦しい・・・・・出る、出・・・・・・・・・・・・」
「出してぇ、あなたの濃い精が欲しいのぉ!」
どくっ・・・どくどくどくっ・・・・
真人はがくがく体を痙攣させながらルミラの膣に精液を放った。そして力尽きたように白目を剥きながらのけぞって倒れてしまう。
「はあぁーー、おいしいいぃーー・・・・・・・・・・・ってあれ?ちょっと・・・何?どうしちゃったのよ・・・なんでもう動かなくなっちゃうの・・・?」
ルミラは動かない真人の頬をばしばし叩いてみるものの、全く反応が返ってこない。
「あーあ、死んじゃったか・・・人間ってのはこれだからもう・・・また新しい男、お姉ちゃん捕まえてきてくれないかなぁ・・・」
ルミラはつまらないと言った様子で、動かなくなった真人の体をがしがし蹴りながら溜息をついた。
「後かたづけしなきゃ・・・」
翌日
「まったくもぉ、ルミラもいい加減大人なんだから。ちゃんと自覚して行動しなさいよ。」
「え・・・?」
立派な翼を生やした背の高い一人のサキュバスが、ルミラを叱りとばしている。
ルミラはきょとんとして尋ねかえした。
「あの・・・お姉ちゃん、何のこと言ってるの?」
「だからぁ、あなたもサキュバスの端くれなんだから、人間界に行って男の一匹でもかっさらって来なさい、ってこと。」
サキュバスは眠っている人間の男性に淫らな夢を見させてその精を喰らう魔物である。人間の住まないここ魔界に住むサキュバスは、当然ながら人間の男をさらって来る必要があった。
「そんなぁ、まだ私には早いよ。それに私が行かなくっても、お姉ちゃんが連れてきたのがいるじゃない。」
「何言ってるのよ、あなたもう15でしょ。私が15の時はもう50匹は人間を獲ってたわよ。それに、ルミラはあたしが捕まえてきた、あんな搾りかすみたいな男で満足できるの?昨日だってあなたがちょっと手を出しただけで死んじゃったじゃない。やっぱ男は一発目が一番よ。ふふふ、濃くってどろどろとしたザーメンが・・・・・・・・・」
「はぁ・・・」
ルミラは姉−ミレーユという−の説教に溜息で答えた。実はこの姉、サキュバスの中でも指折りの淫乱(誉め言葉である)で通っている優等生で、人間界の勢力拡大に歯止めをかけているということで魔王に表彰されたこともある。
ルミラにしてみても、サキュバスなのだから並の魔物よりは性欲が強い。
とはいえ、姉のサキュバスとしての資質、そして数々の人間を喰ってきたという偉業と比べられたのでは、自分の存在はいつもくすんでしまっていた。
「バンシーに生まれてたらよかったかなぁ・・・」
自分の不甲斐なさを嘆きながら、ルミラはぼそりとつぶやいた。
目の前ではミレーユがずっと自分の武勇伝を自慢げに語り続けている。
「・・・で、その138人目の男がなかなかしぶとくて、なかなかイかない上に何発も持ちこたえるのよね〜。私もこの頃になると自分の手にかかって倒せない相手なんていないなんて思っちゃって、思わず必死になっちゃったわよ。それで思いっきり締め付けたもんだから摩擦で膣壁に怪我しちゃって、まぁ相手はモノが折れちゃったんだけどね・・・・・・ってこんな話してる場合じゃなかった!」
ミレーユはやっと我に返るとすっくと立ち上がりルミラの腕を掴む。
「え・・・?何、何?」
「いいから、今からゲートに行くわよ。いい?今夜あなたは人間界に行って人間の男を一匹捕まえてくるの!」
「ええーー!?そんなぁ。聞いてないよぉ。」
「今言ったんだから当たり前でしょ。さぁ、さっさとついてきなさい。」
バサッ、バサバサバサ・・・
ミレーユはそう言って家の外に出ると、翼をはばたかせ上空へと飛んでゆく。しかたなしにルミラも後へと続いた。
二人は大きな塔の展望台のような場所に降り立った。翼のある魔物が出入りしやすいように、一部窓のない場所が設けられている。
この建物には「ゲート」と呼ばれる装置が置かれている。
「ゲート」は人間界と魔界を魔力によってつなげる装置であり、二つの世界を行き来するときに利用されていた。
他の世界にも行けるようだが、あまり行こうとする者が居ないため、専ら人間界との行き来に使われているのが現状だ。
「こんばんは〜。管理人さん〜。」
ミレーユは扉を開けながら呼びかける。すると中から魔導師風のいでたちで管理人が現れた。
「おや、ミレーユさん。今から人間界に行くのかい?・・・と、そっちの娘は?」
「は、はじめまして。ミレーユの妹のルミラです。」
ルミラは管理人に挨拶する。それに続けてミレーユが事情説明を始めた。
「今日は私じゃなくてこの子が行くの。もう一人前のサキュバスなんだから、自分で男の一匹や二匹獲って来れないといけないと思ってね。」
「そうかい。そりゃ感心だ。それじゃ今からゲートを動かすから転送室の方に行って待ってて。ルミラちゃん、がんばってね。」
管理人はそう言うとゲートを起動するべく奥の部屋へと消えていった。
「ルミラ、緊張してる?」
「う、うん・・・」
「大丈夫。人間の男なんて全然大したことないんだから。性欲の塊で、きっとあなたの体見ただけで理性なんてぶっ飛んじゃうわよ。」
「そ、そーかな・・・」
「それに、今回はちゃーんと下調べしてるからね。初心者のルミラ向けに、欲望の強そうなやつをしらべてあるの。・・・ほら、これ。」
ミレーユはルミラに一枚の紙切れを渡す。そこにはターゲットの写真と地図が書かれていた。ミレーユは地図を指さしながらてきぱきと説明を始める。
「この左下の広いところが公園、ここに転送するから。で、そいつの家がここ。新婚1年とちょっとの29歳。妻と毎日セックス三昧の日々を送っているとの情報よ。」
「だ、大丈夫かなぁ・・・」
まだ不安そうなルミラにミレーユは説明を続ける。
「大丈夫。3時間経っても戻らなければ何かあったとみなして、こっちから助けに行くから。いい?3時間以内にうまくいったらすぐにこの公園に戻ってくるのよ。」
なんだかんだ言ってもやはりミレーユは妹のことが心配なようだ。
ちょうど説明を終えたとき奥から管理人の声がした。
「用意出来たよ〜。じゃあ、ルミラちゃんはその円の中に入って。ミレーユさんはなるべく離れてね。」
指示通りルミラは魔法陣の中に立つ。
ウィィィィン・・・
ゲートが作動する音が部屋中に響き渡ったかと思うと、魔法陣から光が溢れ、ルミラの体を包み込んでいった。
「それじゃ、お姉ちゃん、行って来るね。」
「いってらっしゃい!がんばって。なるべく手早くね。」
ひときわ光が明るくなってたかと思うと、ルミラの体はそのまま光に飲み込まれるように消え去った。
人間界。
魔界の住人達に比べ圧倒的な個体数の多さと、他種族との共存を極端なまでに嫌うという性質からこの世界をほぼ完全に制圧した種族、人間が住む世界である。
したがって、ここに現れる魔物は、わずかな地域に昔から住んでいる魔物以外は、魔界からやってきた者のみである。
人間界に住む人間達は、魔界や魔物の存在すら知らない者がほとんどだ。そのため混乱を招かぬためにも、行動が目立たない夜にやってくるのがよりよい選択だった。
ルミラは目標の公園に静かに降り立つ。転送はうまくいったようだ。
「わぁ、ここが・・・人間界かぁ。すごい、家、家、どこを見ても家ばっかり。よっぽど人口が多いのね。・・・・・・うーん・・・そのうちの一匹ぐらい私の力でも何とかなるよね。よーし、やる気が出てきた。」
初めて見る人間界にやや興奮気味のルミラは、ミレーユからもらった地図を取り出すと指示された家の方向へ飛んでいった。
夜の街を静かに飛行し、目標の家の2階の窓に辿り着く。ルミラは屋根の上に腰を下ろし、窓に手をかけた。開かない。鍵がかかっているようだ。
予想通りの展開にルミラは手を窓にあてがうと、目を閉じて念を込める。
「・・・・・・」
・・・カチッ!
音を立てて窓の鍵が外れる。人間界でも自分の魔法が通用したことにルミラは思わず笑みをこぼした。
「ふふ、楽勝楽勝♪・・・さーて、おっじゃましまーす・・・」
どきどきしながらもやや調子に乗り気味に、ルミラは窓から部屋の中へと入っていった。そこにどんな運命が待ち受けているかも知らず・・・。
標的の男の名は桜木克也。若手天才科学者として名を馳せる男であった。