枯れた大地に砂埃が舞っていた。
 破壊されてから相当長い時間が経っていると思われる廃屋。アイはその屋根の上で真っ直ぐに背を伸ばして、荒野の先の建造物群をにらみつけていた。

「ひどい所……」

 ため息とともに漏れ出た言葉。疲れから思わず漏らした正直な感想だった。アイが荒れ果てたこの地にやって来て半月が過ぎようとしていた。
 メグが再び行方知れずになったのは、暴走した銀杏の『ゆらぎ』によって捕らえられていたあの世界から戻って一年が過ぎようという頃のことだった。詳細について戦士たちの間では様々な憶測が流れたが、真相を知るはずの上位者たちから伝えられたのはただ一言、行方不明ということだけだった。
 それから数ヶ月が過ぎ、時とともにそのことは皆の間では忘れられていったが、少なくともアイには忘れることなど出来るはずがなかった。長年目をかけられてきた恩、という言葉だけでは言い表しきれないほどに、共に困難を乗り越えてきた者同士のつながりは大きかったのだ。

 それからしばらくの間、アイは徐々に大きくなってゆく焦燥感を持てあます日々を過ごし続けていた。そんな時、アイは好機とも言うべき任務を与えられる。それは定期的になされる巡回行動のようなもので、比較的危険の少ないとされる地域に『ゆらぎ』が現れていないかどうかの調査を行うというものだった。
 だが、アイが旅立ったのは上から指示された場所ではなかった。彼女が行き先を偽ってやって来たこの荒れ果てた世界こそ、メグが消息を絶ったと思われる場所だったのだ。稚拙ながらも精一杯の調査をした結果だった。
 1日で帰るはずのアイが何日経っても戻ってこないことは少なからずの騒ぎを起こした。だが、そのときには既にアイの消息は誰にも掴めないという有様だった。

 アイがこの地の現れたのは、この世界の秩序が失われてから3年が経とうかという頃だった。かつて隆盛を誇った都市は人口の減少によってその機能を失い、生き残った人々もまた家族を、隣人を、財産を失って疲れきっていた。
 原因は、飢えや不安に苛まれた人々が一斉に『ゆらぎ』化したことだった。生まれたゆらぎ達は暴れ狂って街を、国家や自治組織を破壊し、それによって打ちひしがれた者が新たに『ゆらぎ』に支配される。このサイクルは、飢餓や戦争によって荒んでいた人々の心を下地として、まるで伝染病のように世界中に広がっていった。
 今となっては、そこかしこに文明の遺物が残っていながらも、まともな暮らしをしている者は一人も居ない状態だった。多くはかつて街だった廃墟に住み、明日の食い物にも困る生活をしていたし、残りの者は野盗として殺戮と略奪を繰り返す日々を送っていた。無秩序は人々に不安をもたらし、新たな『ゆらぎ』を生み出し続けていた。
 この世界に来てからアイが狩ったゆらぎの数は二十体を越えるだろう。それでもなお、メグに関する情報や手がかりは皆無だった。

「お風呂……入りたいな……」

 疲れきった口調でぽつりと呟く。
 その直後、アイは妙な気配を感じて、口元をゆがめた。

「またか……」
 不本意ながらも嗅ぎ慣れてしまった匂い――ゆらぎの発する忌々しい気配だ。うんざりしながらもアイは、まるで本能に突き動かされているかのように、その匂いの発生源である建物群に向かって駆けだしていた。


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